PARPとトリプルネガティブ

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PARPとトリプルネガティブ

乳癌の隠れた「種類」に関しては、「ガンの種類」の中で触れています。中でもTriple negative(トリプルネガティブ)と診断された方に関しては、直訳すれば「3重の陰性」ということになるため、ネガティブという言葉の印象と相まって、何となく他の種類のガンより悪いタイプだという印象をもたれる方が多いようです。ただ、残念なことにいまの乳ガンの世界では、それはあながち外れとは言えません。ホルモン剤はレセプターを持たないため、全く効果がなく、HER2タンパクを発現していないので、ハーセプチンは効きません。そしてそれだけではなく、このタイプのガンはハーセプチン以外の乳ガンの抗がん剤にも抵抗性を示すことがあるのです。そうなると切除できない再発病変では治療が大変難しくなります。以前からこうした場合にどうするか、課題とされてきました。近年この抗ガン剤への抵抗性がPARPと呼ばれるたんぱく質によって引き起こされている可能性があることが分かりました。そしてこのPARPを「阻害する」薬が開発され、大変な注目を集めています。

PARPとトリプルネガティブ

PARPは略語でPoly(adenosine diphosphate-ribose) polymerase:ポリ アデノシン ディフォスフェート リボーゼ ポリメラーゼ(筆者はいまだ覚えられず)の略である。最近の論文でも(von Minckwitz G, J Clin Oncol. 2011 Apr 25.)たとえばトリプルネガティブの症例では35.5%、HER2陽性症例では24.6%、ホルモンレセプター陽性HER2陰性症例では18.0%で細胞質内のPARPが発現していると報告がある。

このPARPは損傷を受けた遺伝子を修復する役割を持つタンパク質である。

ちなみに同じような働きをしている遺伝子としてBRCA1がある。遺伝性乳ガンの原因としても知られるBRCA遺伝子は、それがうまく働かないと遺伝子の修復ができない。

さてしかしいったんガンとなってしまうと、BRCAもPARPもむしろ、ガン細胞の遺伝子に働きかけてこれを殺してしまう抗ガン剤、同じく遺伝子に損傷を与えてこれを破壊する放射線治療を邪魔するようになる。いわゆる耐性をもつガン細胞になる。

トリプルネガティブの症例の2割でBRCA1に異常がある。こうした症例が、治療に抵抗性を示しているとしたら、ガン細胞の耐性を作り出すルートとしてBRCAを考えてなくてもよいわけだから、PARPが活躍しているのに違いない。実際にBRCA遺伝子異常があるガン細胞ではPARPタンパクの過剰発現が認められている。とするならばPARPを阻害できれば、耐性の原因となるものがなくなり、抗ガン剤で素直に死んでくれるようになるのではないか、そうしたアイデアから「PARP阻害剤」と呼ばれる薬剤が開発されている。もちろんこの考え方は乳ガンに限らない。PARPによって抗がん剤に耐性を持っていると考えられるガンであれば、どの臓器のガンであっても、たとえ転移性のガンであっても、抗がん剤への反応性を改善する可能性が考えられる。

現在たとえばBSI201、AZD2281、ABT-888など、たくさんのこのPARPを“阻害”する薬がすでに開発され、臨床試験に入っている。 BSI201はトリプルネガティブ乳ガンに対して、AZD2281はBRCA遺伝子異常がある乳ガン症例に対して(その8割がトリプルネガティブ)、臨床試験中である。

2011年1月にはBSI201(iniparib)を用いて、転移を有するトリプルネガティブの乳ガン症例を治療した臨床試験の結果得られ、これが報告になっている(N Engl J Med. 2011 Jan 20;364(3):205-14)。カルボプラチンとゲムシタビンによる化学治療にiniparibを加える群と加えない群で比較試験が行われた。iniparibを加えた群では、進行が2.3か月長く抑えられ、寿命も4.6カ月延長した。副作用は大きな差が生じていない。

PARP阻害剤は、このようにすでに臨床応用の段階に入っている。

現在トリプルネガティブの研究が進み、そ抗ガン剤のへの耐性の機構も一部は解明されつつある。

また同時にそれをターゲットに、耐性を壊して抗ガン剤を効かせる方法も開発されつつある。