総合内科に役立つ新知見について
当院の総合内科では、様々な分野の専門医(スペシャリスト)が総合内科の視点から診療します。自分の専門領域に関する経験や知見に強い一方で、広い視野を持つように心がけています。最近の専門的な医学的知見のなかから、総合内科診療に役立つ情報を紹介します。
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重症消化管出血に対するトラネキサム酸の有効性について(HALT-IT trial)
Background:トラネキサム酸は外傷や出産後の出血を軽減することが過去のtrialで証明されている。トラネキサム酸は上部消化管出血に対しても日常的に使用されるが、その有効性と有害性に関して、これまでのtrail結果は相反していた。
P(Patient):HALT-IT trialは成人の上部消化管出血患者のうち、出血死の危険性がある重症患者を対照とした。2013年6月~2019年6月、参加は15カ国、164病院、約12,000名。
I(Intervention)C(Comparison):治療群はトラネキサム酸1gを10分で投与、その後3gを24時間で投与。対照群には偽薬が投与された。大規模な国際多施設RCT。
O(outcome):Primary outcomeは5日以内の出血死であり、両群とも4%で差がなかった。Secondary outcomeは有害事象で、動脈血栓塞栓症(心筋梗塞、脳梗塞)は0.7%と0.8%で両群に差がなかった。しかし静脈血栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症)は、トラネキサム酸群0.8%は偽薬群0.4%に比べて有意に高率であった(リスク比1.85 [1.15〜2.98])。食道静脈瘤出血(肝硬変)の疑われた群と非静脈瘤群に分けた予備的なSubgroup解析では、Primary outcomeである5日以内の出血死の率に差はなかったが、静脈血栓症は静脈瘤群で高い傾向にあった(リスク比7.26 [1.65〜31.90])。静脈瘤群はトラネキサム群の45%、偽薬群の46%を占めた。
Discussions:HALT-IT trialの結果を踏まえると、成人の重症上部消化管出血の患者にトラネキサム酸は投与すべきでない、という衝撃的な結論が導き出される!外傷や出産後の出血に対するトラネキサム酸の投与では静脈血栓症は増加しなかったが、消化管出血の場合は、出血の発症から治療開始するまでの時間が不均一であり、線維素溶解の亢進の程度の判定が難しい。また静脈瘤出血(疑)群は参加者の半数近くであったが、死亡例の約3/4を占め、トラネキサム酸の投与に伴う静脈血栓症のイベントも静脈瘤出血(疑)群に有意に多かった。最近の研究では、急性に非代償化した肝硬変患者(消化管出血も含まれる)の線溶系は様々なパターンを呈し、亢進する場合と低下する場合がある。線溶系が低下する率が最も高いのは、最重症の患者である。HALT-IT trialの静脈瘤出血(疑)群は、線溶系の低下のために、トラネキサム酸は上部消化管出血による死亡を軽減せず、静脈血栓塞栓症のリスクを高めた可能性が考えられた。
(Effects of a high-dose 24-h infusion of tranexamic acid on death and thromboembolic events in patients with acute gastrointestinal bleeding(HALT-IT): an international randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Lancet 2020; 395: 1927-36.)
2020/07/10