今月のドクター

 私は1995年(平成7年)4月1日に姫路赤十字病院に赴任しました。そうあの阪神淡路大震災の爪痕がまだまだ生々しい時の赴任でした。いや、阪神淡路大震災があったから赴任したと言えます。この震災の最中には、私は家族とともにスイスに留学していたのですが(帰国も近かったのですが、できたらもう少し滞在することを希望していました)、人事が大変、”赴任できる人間がいない”という理由で帰国を求められ、その結果、早々に帰国し、1年だけという医局との約束で4月1日に赴任することになりました。それから、あっという間に27年が経過しました。
  整形外科として赴任した訳ですが、大學からも当時の部長からも”脊椎外科の医療”で頑張ってほしいというものでした。それで、赴任以来外科的には脊椎疾患しか関わっておりません。その結果脊椎外科関連の手術は3000例以上関与したことになります。ただ、時代はどんどん変化しました。龍野にあった病院が現在の下手野に移転。診療科の細分化、独立化、さらには、医師の基本専門領域(18領域)の確立がなされました。そのため?かどうかわかりませんが、1999年には所属がリハビリテーション科となり、以来ずっとリハビリテーション科所属(整形外科兼任ではなく)となっています。龍野に病院がある当時は、リウマチ専門医、脊椎外科指導医、リハビリテーション専門医であることからリウマチ認定施設、脊椎外科認定施設、リハビリテーション科認定施設の認定を受けることに関与しましたが、個人的にはリハビリテーション科所属でした。この間、病院は、院長が岡田先生→鍋山先生→湯浅先生→佐藤先生と変わり、また、大學の教授も小野先生→越智先生→吉川先生→岡田先生へと目まぐるしく変わりました。当然医療もどんどん変わるはずです。
  現在、医師の基本専門領域(18領域)の確立によって個々の医師に専門領域が求められています(原則は1ライセンスのみ)。リハビリテーション医学も基本専門領域となったことから、現在私自身は整形外科専門医(指導医)、リハビリテーション科専門医(指導医)というダブルライセンスの状態となっています。これがいいのか悪いのかわかりませんが、当面暫定的にこのダブルライセンスは認められていますので、あと数年は、整形外科領域の脊椎外科関連とリハビリテーション領域の両方に関与していきたいと考えています。その上で少しでも地域医療に貢献できればと強く望んでいます。そのためには地域の先生方のお力を一層お借りすることになります。私自身微力ではありますが、精一杯がんばりますので今後ともご指導・ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

リハビリテーション科 部長 田中 正道

PAGE TOP