乳腺外科

ASCO2013

米国臨床腫瘍学会が今年もシカゴで開かれました。臨床でガンを扱う医師が集う学会としては世界最大といっても過言ではなく、たくさんの重要な新治験の結果が発表されます。今年はそれに参加する機会を得ました。そこからの報告です。

トピックス 20130801_01

まずは第一弾としてセンチネルリンパ節生検に関する話題から

NSABP-B32試験の10年経過観察の結果が発表されました。

Abstract #1000
NSABP Protocol B-32 - A Randomized Phase III Clinical Trial to Compare Sentinel Node Resection to Axillary Dissection in Clinically Node-Negative Breast Cancer Patients: 10 Year Update
Thomas B. Julian, MD

この治験のデザインはまず“臨床的に”腋窩リンパ節転移陰性の症例を選びます。こうして選んだ5000人を超える症例を、1.センチネルリンパ節生検をする 2.一応するけれども腋窩は今まで通り郭清する、の2つにランダムに分けます。それぞれ2800例でした。そして治療が終了後にその99.9%がきちんと経過観察されました。平均131.1か月、つまり平均で10年経過観察されました。もちろん抗ガン剤やホルモン剤などが必要な場合は行われており、受けられた方は84-5%、放射線治療も82%に行われています。

まず生存率(OS)ですが、予想通りまったく差が出ませんでした。

 

また再発率(DFS)ですが、これも差が出ませんでした。

 

これによってこうした大規模な試験において、「センチネルリンパ節生検を行い、陰性の場合は腋窩郭清を加えず、経過観察のみとする」ことの安全性は証明されたと言えます。


下の図の見方は、生存、局所再発から見たときに、「しかしどういったときに腋窩の郭清を加えることを考えたほうがいいか」という問題を検討しました。
1. 50歳以下 2.主治医が全摘が望ましいと判断した症例
の二つの場合にはセンチネルリンパ節生検を行わず、腋窩郭清を検討したほうがいい、という結果になりました。しかしこうした問題はSubsetごとの解析ではなくて、それをPrimary endpointに据えて改めてRCTをデザインしないといけない問題とされます(難しい表現で申し訳ない。要するにここでは決められない、ということです)。つまり50歳以下の症例にセンチネルリンパ節生検をしてはいけないとは言い切れません。わずかな再発症例から検討すれば、参考としていえる、程度にとらえる必要があります。

さてセンチネルリンパ節生検の検査結果は本当に正しいのでしょうか?
ここではセンチネルリンパ節に転移陰性と診断された3989症例を集めて、その陰性と診断されたリンパ節の2mmのブロックを1mmと0.5mmで切りなおしています。その上で2mm以上の転移が見つかったものをMacroな転移あり、0.5-2mmの転移が見つかったものをMicroな転移あり、としました。ちなみに0.5mm以下のものをTumor cell clusterとしています。するとMacroなものが見落とされていたのが0.4%、Microで4.4%、Tumor cell clusterは11.1%あり、全体で何らかの腫瘍細胞が見落とされていた症例が15.9%ありました。
このことを医師以外が聞かれると驚かれるかもしれません。15.9%も見落としてしまう検査が本当に大丈夫なのか。このため、こうした見落としがあった症例と、そうして調べても見落としはなかった症例で治療成績を比べてみたのが下のグラフになります。

さすがに差がついています。生存率ではHR 1.26(悪いことが起こる確率が2割6分増しという意味です)で、有意ではないものの3.1%の差が、再発率ではHR 1.25で、4.7%の差が有意についています。全体から見れば3~5%の増悪ですが、悪いことが起こる確率は2.5割増しになりました。 術前検査で臨床的にリンパ節転移陰性と診断された症例が、センチネルリンパ節生検で陰性と確認された場合は71%が正しく判断されています。しかし29%では術前に陰性でもセンチネルリンパ節転移は陽性でした。
さて今度はそのセンチネルリンパ節生検で転移陰性とされても、さらにそのうちの15.9%が実は転移陽性です。そしてその人たちの再発率は、病理で詳しく確認しても陰性だった人に比べて3~5%上昇します。ちいさな群のさらにちいさな群のことですから、全体で考えればセンチネルリンパ節生検の結果によって腋窩郭清を省略され、不利益を受ける人の割合は非常に小さいといえます。逆に利益になる方が大半だと考えられます。


ここで、いやその3-5%が気になる?方も次のデータをみれば考え方が変わるかもしれません。
Abstract #LBA1001
Radiotherapy or Surgery of the Axilla After a Positive Sentinel Node in Breast Cancer Patients: Final Analysis of the EORTC AMAROS Trial
Emiel J. Rutgers, MD, PhD
乳ガンの手術において腋窩の郭清は、上腕のリンパ浮腫の原因となったり、疼痛を引き起こしたりします。また患側上肢の運動の障害を認めるなど、さまざまな合併症が知られています。
この試験ではまず臨床的にリンパ節転移陰性と診断された患者さんを手術前に、もし腋窩のセンチネルリンパ節生検をして陽性だったら、
1.腋窩の郭清をする、2.腋窩に放射線治療する、の2つに分けました。腋窩を手術せずに放射線治療で対応することで、こうした合併症を防ぐことはできないだろうか、という試験です。それぞれ530例以上を集めました。
手術の群では、センチネルリンパ節が転移陽性であれば、のちに郭清手術を別に行い、レベルⅢの郭清を加えています。

放射線治療の群では、腋窩Ⅰ-Ⅲ群までと鎖骨上を照射範囲とし、手術で郭清をしたよりも広い範囲に治療を加えます。2Gyを25回で合計50Gyを照射しました。温存切除後の乳腺と同じ照射量を行うので、手術しなくても照射だけで合併症が起こるのではと心配になります。
ちなみにこの試験では、もし手術の群であっても、もし腋窩を郭清手術して転移が4個以上あれば、その後に放射線治療をさらに加えて行っています(5.5%)。

この試験においても、のちの詳しい病理検査でMicroな転移が30%、Clusterが10%見つかっています。Microはともかく、少なくとも術中にClusterは見つからないでしょうから、この試験でもセンチネルリンパ節生検という手法は、腋窩の転移を10%は確実に見落とす検査方法だということが示されました。

 


さて結果ですが、下記のグラフです。10年間の追跡調査で、追加手術をして郭清した群で4例、放射線治療した群で7例しか再発はありませんでした。あまりに再発が少ないため、試験として比較検討できませんでした。
またれらの結果は、センチネルリンパ節が転移陰性で、経過観察のみの群と比較して、まったく差がありませんでした。(5年間での腋窩再発率に関して:センチネルリンパ節転移陽性を腋窩郭清したもの0.43%照射で対応したもの1.19%ちなみにセンチネルリンパ節陰性だったもの0.72%)。さらにこれらの2群では遠隔転移再発率も生存率もともに差はありませんでした。

ところが問題はこの後です。
1、3、5年後にリンパ浮腫の発生に関して調査をしています。結果を示します。

明らかに手術の群で成績が劣っていました。リンパ浮腫の発生率が1年後で40%というのも驚きです。我々の印象からは実際にはもう少し少ない印象です。この試験では厳密に腕の周囲を測定してのものではなく、主治医がそう判断した、あるいは何らかのリンパ浮腫の治療を受けている症例の頻度の調査です。 また患側上肢の可動域、さらにQOLも手術群が放射線治療群に劣るとする結果も提示されました。 この試験ではこうした結果を得て、臨床的に腋窩リンパ節転移と診断され、センチネルリンパ節がしかし残念ながら転移陽性だった症例は、追加切除せず、放射線治療だけでいい、と結論しています。

自分はこれらの発表を聞きながらしかし別のことを考えていました。
#1000の試験では、センチネルリンパ節を送ってもらい、センターと呼ばれる特定の施設で病理の詳しい検討を行って、見逃されている転移を探しました。結果は主治医に報告されていません。つまりもし後の検討でセンチネルリンパ節に微小な転移が発見されてもそのまま経過観察されています。
#1001でももしセンチネルリンパ節が陰性であれば郭清も放射線治療もしていません。
それぞれの試験からわかるように15%、どんなにいい成績の施設でもおそらく少なくとも10%強の患者さんは腋窩リンパ節転移がありながら、センチネルリンパ節の病理検査で陰性にされているはずです。
しかし#1000のセンチネルリンパ節転移なしの群の腋窩からの再発率は0.4%、#1001では0.72%にすぎませんでした。もしセンチネルリンパ節転移陰性群の10%が転移を見落とされているとして、全体の0.4~0.7%しか再発しなかったのだから、見落としが予想される症例、つまりガンが残っているはずの症例の9割はどうなったのでしょう。
ガンは残っていてもその後の治療で消えてしまったことになります。しかし現在、最高の化学治療やホルモン治療でも9割の症例でガンを消す方法は見つかっていません。
とすると、臨床的に陰性と診断されてしまうような“小さな”ガンは、その後の治療によって9割近くが消えてしまう、という推論になります。ここで大事なことは「臨床的に陰性と診断されてしまうような“小さな”ガン」という言葉の定義です。別の言い方をすれば、主治医がいろいろな検査をして見つけられなかったガンと、病理医によって詳細に調査されることによって見つかるガン、の違いです。

臨床では5mm以下のガンは見つけることが難しいとされます。先の発表では2mmも一つの基準になるかもしれません。どちらの数字を参考にするとしても、それ以上とそれ以下では治療成績が異なり、ガンとしての振る舞いも異なる可能性が示唆されているような気がします。
もしそれが本当ならば、裏を返せば外科医はガンを取りきっているのではなくて、2mm以下のものだけにしている、だけなのかもしれません。そして2mm以下にすれば体は自然にガンを消してくれるのかもしれません。できるだけ体の免疫の仕組みを壊さないようにしながら、ガンの大部分を取り除き、少なくとも検査では見つからないレベルにしておけば、あとは体がガンを消してくれる、のかもしれません。 まるで海や川をきれいにするときのようです。大きなゴミをきちんとしておけばあとは自然の生態系がきれいにしてくれる。逆に水をせき止め、川底をこそぎ取るようなことをすれば、結果として変わらないばかりか、かえって魚も住めないようにしてしまう。そこまで行くと哲学的に過ぎますが。 外科医の本文はガンを病理のレベルまで根絶すること、です。しかし今回の発表はバランスこそ大事だと教えてくれるような気がします。