Japanese Red Cross Coeirty
昨年我々の施設では乳腺外科によって290症例の手術が施行され(形成外科による再建術症例を除く)、そのうち99例が全摘と呼ばれる手術を受けられた(34%、つまり温存率は66%となる)。そして99例中49例が再建手術を受けられている(49.5%)。さらにその49例中39例は一期一次再建を受けられた。
一般の方にとって一期一次再建とは何かがまずわかりにくい。
以前は乳癌の診断となり、手術を受ける段になるとまず「残しますか? 全摘されますか?」と尋ねられた。もちろん全摘するしか選択肢のない方はおられるが、温存できる方でも全摘を選択することは可能だからだ(これでまず二つの選択肢)。それが最近になって現段階では全摘しかありませんが、先に抗がん剤をすることによって腫瘍が縮小すれば温存できるかもしれませんよ、と選択肢が広がった。もちろん温存でも少しでも小さく切ったほうがいい(2×2で4つの選択肢)。加えて再建する気持ちがありますか?とさらに選択肢が増えた(×2で8つの選択肢)。温存切除後でも再建術は加える場合がある。
ただでも宣告後の動揺されている状況で簡単に8つの選択肢がある。加えて再建手術にいくつも選択肢があり、それぞれにメリットデメリットがあると言われればまずパニックだろう。最近では女優のアンジェリーナジョリーのニュースが世界中で話題になり、1週間もあれば自費ではあるが遺伝子異常を検査することも可能である。もし若い女性が乳癌であり、BRCAと呼ばれる遺伝的な異常があれば、その後の将来でまた乳癌に罹患する可能性が高いため、当然温存よりも全摘が望ましいとなる。とすれば現状では自費になりますが遺伝子の検査を受けておきますか?(×2で16の選択肢となった)という選択肢も出現している。
乳癌に罹患しただけでも寝耳に水、その状況で、まだ経験も少ない若い、経済的にも社会的にも弱者である一般の女性がこれだけの選択肢の中から自分で好きなものを選びなさいといきなり言われてもそれは無理だろう。しかも多くの場合はほぼ1か月以内で結論を出さないといけない。
ただ、再建に関しては皆さん比較的悩まない。全摘しか選択肢がない女性にとって、乳房を失うことは苦痛以外何物でもないし、それが保険診療で再建してもらえるのならまず希望される。多くの患者さんが、そんなシリコンのような人工物を体に入れていても大丈夫?とか、お金がいっぱいかかるのではないの?とか、痛みがひどくあったりしますか?などの質問はされるが、結局再建を受けられることを希望される。
そして再建術では、手術操作が癌の治療以外の目的で行われるため、ある程度の負担は覚悟しなければならないが、なにより癌の治療、そして治療成績にほとんど影響しない(これに関しては後述する)。しかも人工物による再建は“可逆的”であり、つまり再建術を辞めて、通常の全摘術後の状況に戻すことも可能である。
簡単に言えば手術操作が余計に加わることを受容するならばあまり悩む要素はない。したがって患者さんはいろいろ考えても最終的には再建に関しては希望される。したがって先の選択肢的に言うならば、温存するか、全摘して再建するか?という悩み方をされることが多いようだ。
ただ再建術はそれほど単純ではない。
※この写真はご本人の許可を得て掲載しています。
この方は再建術を受けられた症例で、右側の乳腺は全摘され、Cohesiveと呼ばれるシリコンに置換されている。健康な左側には対称性を保つための手術操作を一切加えていない。
われわれ乳腺外科医にとっての理想は、手術を行った痕跡を一切残さないことだろうが、治療に必要な十分な切除を施行しながら、元通りに再建することは矛盾する目標だ。
この症例の乳頭乳輪はご自分のものである。つまり温存されている。乳腺の皮膚は乳頭乳輪を含め全体にわたって温存されているが、中身が全て切除され、シリコンバックに置き換えられている。
われわれはその再建を乳癌の手術と同時に施行した。これを“一次”再建と呼ぶ。当然乳癌の手術をすでに完了されている方が再建を別に受けられれば二次再建となる。これは一般の方に理解されやすい。以前に乳癌の手術を受け、乳腺を失った方が再建術を受けられる、これが二次再建だからだ。
そしてわれわれ乳腺チームはこの症例を、切除した乳腺に匹敵する大きさ形のシリコンバックを留置して“一期”に再建した。1回で再建せず、2回に分けて再建する方法を二期再建と呼ぶ。これが一般の方にはわかりにくい。“なぜわざわざ別にするのか?”と誰でも考える。実はそれぞれメリットデメリットがある。
乳腺が切除されたその時に、術後に皮膚が引きつれたり、拘縮(縮こまること)や虚血による変化をしたりする前に、そのまま適切な大きさ、形のシリコンバックに置換する、それが理想である。もっとも整容性が保たれる可能性が高い。患者さんも目が覚めれば元通りの乳腺が保全されている。喪失感はない。手術も1回で済む。メリットは言うまでもない。
ではデメリットとは何か?それは乳頭乳輪が温存されている、そのことである。
乳頭乳輪は間違いなく“乳腺”に属し、通常の“皮膚”とは異なる。乳輪に関しては意見が分かれるが、少なくとも乳頭内には乳管と呼ばれる乳癌の発生母地、そして癌が伸展し、拡大していく基礎になる組織が縦走してくまなく存在しており、乳癌の患者さんでは乳頭まで癌が及んでしまっている場合が非常に多い。実際、全摘手術を受けられた方では乳腺がなくなって“えぐれて”しまっているだけではなく、乳頭も乳輪も切除されているはずである。実は全摘とは乳腺だけではなく、乳頭乳輪も同時に切除される術式を指す。
近年の画像診断の発達によって、術前に乳頭には癌は及んでいない、と診断されれば多くは確かにない。しかしだとすれば乳癌の温存手術の後に放射線治療を必要とする理由が説明できない。一般の方でも乳癌の経験者はご存じのはずだが、乳房を温存すれば、病理学的に完全切除されていると診断されても必ず放射線治療を残った乳腺に施行しなければならない。それは検査で捕まらない癌が局所に残っている可能性を危惧するからだ。
2009年の医学レベルにおいて、癌の伸展は乳頭部分には存在しないとされた316例で乳頭を詳しく調べたところ21%で小さな癌が見つかった[1]。この問題に関してはこれ以外にもずっと以前から調査が行われており、100例を超える信頼性の高い検討では6-38%と幅はあるものの、乳頭に癌が及んでいる症例の確率は結構高い。
ただ100%ではないところが逆に悩ましい。たとえば腫瘍が5㎝に及ぶ患者さんと、乳腺の端のほうに1㎝程度のものがある患者さんでは当然乳頭に癌が及んでいる確率は違うだろう(海外のガイドラインでは最低2㎝の距離が必要とされている)。どういう患者さんが乳頭を安全に“残せる”のか、これが確定しているとは言えないことが実は大きなデメリットの一つになる。つまり医師にとってあなたは乳頭乳輪を取らなければならない、を断言できることはあっても、安全に温存できます、を断言することは現状できない。
早期のさらに生物学的におとなしいタイプの乳癌患者さんでは、確実に50%以上(おそらく70%以上)の確率で乳頭は残せる、とは言える。これが問題を非常に複雑にしている。そしてもし術後に放射線治療を加えてもよいのなら、その確率は飛躍的に上昇する。確実に80%(おそらく90%以上)の患者さんで乳頭を温存できる。それを直接的に証明した論文は存在しないが、医師が温存できると判断し、乳頭を温存した乳癌患者さんの放射線治療後の局所再発は3%前後、多く見積もっても10%前後だからである。つまり放射線治療を行うならば乳頭乳輪をほぼ確実に温存できるため、このことも問題を複雑にする。
どんどん脱線しているように感じる読者も多いだろう。しかし実はまったく脱線ではなく、これほど一期一次再建を適応させることは複雑で難しいのだ。
では仮に問題である乳頭乳輪を、乳癌の手術の際に切除する、と決める(この術式をSSMと呼び、逆に残す術式をNSMと呼び区別する)。するとどういった問題が生じるのだろうか?一期再建はできないだろうか?
乳頭乳輪は大きさに直すと直径3-5㎝程度の円である。乳腺は個人差があるが10-12㎝程度の円とできる。つまり乳頭乳輪を切除すると乳腺の皮膚はその中心部が直径で見て1/2もドーナッツのように失われてしまう。
皆さんも上記のように紙を切ってドーナッツを作り、穴をふさぐように引き寄せてみてほしい。非常に難しく、引き連れてしまうことがわかると思う。
実際の手術では乳頭乳輪を切除するときに、舟状の形になるように更に広く皮膚を切って寄せたりするのだが、なかなか美しく形成できない。もちろんそんな状況で切除したのと同じ大きさのシリコンバックを入れれば傷に大きなストレスがかかってしまう。傷が開いてしまえば大変なことになる。ではどうするか?
そこで“二期”再建の考え方が出てくるのだ。つまり1回で再建してしまうのではなく、不足してしまった皮膚の分を差し引いた小さなシリコンバックを入れておき、じわじわ大きくして皮膚を伸展させ、十分に皮膚が伸びたらもう一度手術をして形を整えて、元通りの大きさのシリコンバックにする、という方法である。もちろんこの目的にために何度も手術をする必要はなく、外から水が針で注入できるシリコンバック(Tissue expander ティッシューエキスパンダーという)を留置しておくことで手術は入れ替えの2回で済む。
この方法では癌の治療上、現段階ではまだ確実性が保証されたといいがたい乳頭乳輪を残すことがないため放射線治療が不要である。
自分の乳頭乳輪をあきらめればそれでいいのか?それはそれでデメリットはないのか。もちろん自分の自然な乳頭乳輪はあきらめなければならない。そして手術の回数は増える。
加えて伸展という皮膚に無理が加わるので自然な柔らかさを保つことが難しい。
この写真の方では幸いうまく下垂感が出ているが、多くの患者さんではどうしても固い乳腺となり位置が頭側に偏位してしまう。つまり左右の対称性が失われてしまいがちになるのだ。形成外科ではこの問題に対応するために、健側に手術操作を加える。つまり健側の下がった乳腺を上げてそろえる。しかし確実に手術を受ける機会がさらに増えてしまう。やはり患者さんにとっての一期一次再建の魅力には追いつかないだろう。
1. Brachtel EF, Rusby JE, Michaelson JS, Chen LL, Muzikansky A, Smith BL, et al. Occult nipple involvement in breast cancer: clinicopathologic findings in 316 consecutive mastectomy specimens. J Clin Oncol. 2009; 27: 4948-54.