乳腺外科

Triple negative乳がんは1種類ではない Vol. 4

Mタイプ、MSLタイプ乳がん

解説は残すところ3つですが、この“M”とMに似ているけれど違うもの、とされる“MSL”はここで一緒に触れます。
MはMetaplasticの略であり、化生がんと訳される。化生がんは紡錘細胞型、扁平上皮型、骨軟骨型、その他に分類される病理学上の分類で、乳がん全体では1%前後と非常にまれながんです。丸の中にはEMT processesと書かれていますが、これは上皮間葉転換(=Epithelial-Mesenchymal Transformation)のことです。
もともと化生がんには悪性度の高いものと、低いものが混在していることが知られていますが、これを「M」と「MSL」に分けていると考えてください。悪性度の高いMはがん肉腫、悪性混合腫瘍の別名を持ち、上皮系悪性腫瘍と間葉系細胞の混合が特徴とされます。
ここでは少し解剖学の知識が必要になります。“上皮”とは体の中で外界に接している表面組織を意味し、たとえば皮膚は体表面の上皮であり、胃や大腸の粘膜は腺上皮と呼ばれています。細胞同士がくっつきあって膜などの“構造”を作っているのが特徴です。
対して“間葉”系細胞は、白血球やリンパ球などを指し、細胞がそれぞれ個々で存在し、通常の状況では細胞同士がくっついていません。上皮間葉転換とは、細胞同士くっつきあって乳腺という構造を作っている細胞が、その結合を失い、ばらばらになって間葉系細胞としてふるい始める状況を指します。したがってがん細胞でこれが起こると、細胞が血管やリンパ管に浸潤し、転移を始めます。上皮系がん細胞がお互いに密にくっつきあって“おしくらまんじゅう”している場所で、表面にオイルを塗ってつるつるした間葉系がん細胞が突然現れる。このつるつる細胞は、おしくらまんじゅうから“押し出されて”、血管やリンパ管の中に落ち込んでいくのです。
こうしてばらばらになった細胞が血管やリンパ管を通って肺や肝臓などに到達すると、今度はEMTの逆であるMET(間葉上皮転換)を起こし、ふたたび細胞同士がくっつきあう性質を持ちます。そして増殖し、がんの固まりとして“構造”を形成するのです。

つまりがんが転移を起こすときはEMTによってそれを開始し、METによって転移が完成します。すべてのがんは転移を起こしていなければ手術で取れば完治しますが、治療に難渋するがんは、どんなタイプだとしても転移や再発を伴うのです。治療に難渋するTN乳がんは、少なくともMの性質を一過性にせよ、持っている、持っていたことになる。その意味からは実は治療に難渋するがんには普通に広く見られるし、それでいて非常に恐ろしい性質なのです。 加えて上皮間葉転換を起こした細胞は様々な理由で、抗がん剤に強い抵抗性を持っていることもわかっている。このことはウィキペディアに詳しいまとめがあるので興味のある方は参考にしてください。

上皮間葉転換‐wikipedia

(https://ja.wikipedia.org/wiki/上皮間葉転換)

がんをがんとしてふるまわせるのはこの性質であり、これがあるのでがんは直せません。TN乳がんに限らずがん治療の究極の“標的”です。MのTN乳がん自体はまれですが、転移を起こすがんはすべてMの性質を持っているともいえます。

M、MSL乳がんを広い意味から述べました。その意味から現在の医療では“標的”がないのです。 図ではそれぞれへの対応薬剤としてmTOR阻害剤、PI3K阻害剤の記載がありますが、これはこの経路がEMTに重要な役割をしているとする研究結果によります[4]。もしそうであるならば標的と薬剤が揃っていることになります。その論文から図を引用させていただきました。四角で囲んでいる5つの部分が転移開始や接着因子の消失などEMT現象です。そこに至る経路が重要で、PI3K、そしてAktがさまざまな四角へとつながる経路の始点になっています。これらの薬剤を使うことで、MやMSLの能力を奪い、転移を抑制できるかもしれません。 ただ、すでに転移を起こしてしまってからでは転移を抑制すること自体にはもはや意味はなく、EMTによって獲得した抗がん剤への抵抗性の解除がむしろ課題になります。つまりMETを誘導できればいいのです。その点でPI3K、さらにAkt阻害剤は有効なのかどうかはわかっていません。

阻害剤と遺伝子の関係

近年、がん細胞の微小環境を変えることによってMETを誘導し、抗がん剤に対する感受性を復活させようとする治療のアプローチが報告されています。つまり“おしくらまんじゅう”をさせないようにすることで、EMTを起こさせない、あるいはMETを誘導する。そのうえで抗がん剤を使えば抵抗性を解除し、よく効くようになるのではないか、とする考え方です。 ただ、たとえば単純にがん細胞をばらばらにして培養する、あるいは酸素濃度の高い環境で培養する、などではMETは誘導されません。miR-200c などMETを起こす遺伝子も見つかっていますが、それだけではMETが完全には再現されないことから、おそらく非常に複雑な経路が関与していることは間違いないようです[5]

Triple negative乳がんは1種類ではない Vol. 5