乳腺外科

Triple negative乳がんは1種類ではない Vol. 1

以前「PARPとトリプルネガティブ乳がん」の話題を書きました。すでにあれから5年以上も経過したのかと思えば隔世の感があります。
「…BSI201、AZD2281、ABT-888など、たくさんのこのPARPを“阻害“する薬がすでに開発され…」と紹介しましたが、その中のAZD2281が今回の話題の「Olapari=オラパリブ」です。2017年米国臨床腫瘍学会ASCOではこうしたPARP阻害剤の理論、「遺伝子の修復機転はいったんガンになった細胞にとっては、抗がん剤に対する抵抗性の原因となる」が正しく、これを阻害することでがん細胞を選択的に攻撃することが可能であることが証明されました。「The End of the Beginning」、始まりの終わりです。効くかどうかを検証する段階はもう終わり、これからは実際に治療応用となる。これをうけてこの5年間の伸展とともにもう一度Triple negative乳がん(以下TN乳がん)を検討してみたいとおもいます。

●Triple negative乳がん治療の難しさ

※この記事を読む前に、「乳がんの種類」をお読みください。この記事を読むための基礎知識となります。

TN乳がんは日本語訳すると“3つもネガティブ”ですが、重要なER(エストロゲンレセプター)とHER2(ハーツー)の二つの標識を持たない乳がんなので、“ダブルネガティブ”とも言えます。乳がんで効果の高い薬が標的とするものを二つとも欠いているため、当然ですが悪性度も高い傾向があり、治療に難渋します。
がんは体の設計図である遺伝子DNAが故障して起こるものです。ただ、がん細胞も正常細胞も、もともとは卵細胞一つから分裂した細胞であり、同じ設計図を本来持っています。大きな違いがそもそもないため、抗がん剤でがん細胞を攻撃すると正常細胞もダメージを受けます。これが副作用の原因です。さらに抗がん剤で痛めつけられた正常細胞が回復するために使う能力を、がん細胞もまた持っています。正常細胞が元気になり、体が元気を取り戻すとがん細胞も元気になるのです。
理想的な抗がん剤とは、正常細胞にはまったく影響せず、がん細胞だけに効く薬ですが、そのためにはがん細胞だけに存在する標的が必要です。それが同定され、それだけを狙う薬剤が開発されれば副作用は理論的にはゼロになります。一般論としてこうした標的をBiomarker(バイオマーカー=生体についているマーク)と呼びます。
理想に近い標的はいくつか見つかっており、対応する薬剤はすでに臨床で使われています。その代表が先に述べたER、とHER2です。
ER(エストロゲンレセプター)は女性ホルモンを信号として受け取るための細胞の受け皿です。女性ホルモンは性ホルモンなので、子供を作ることを考えなければ、理論上は完全に0になっても大きな問題はありません。体中の女性ホルモンを0にして、女性ホルモンを受け取るレセプターを持っている細胞ががん細胞も正常細胞もみんな眠ってしまったとしても、生きていくのに支障はありません。閉経期に見られる更年期障害や、ホットフラッシュなど軽い副作用に留まります。
HER2(ハーツー)は胎児の頃はどんどん細胞を増やし、心臓を始め、組織を作るための信号を受け取るレセプターです。だから胎児のころにこのHER2がだめになると、生まれてくることすらできません。そして成人になってからも心臓をメンテナンスするのに役立っています。とはいえ成長の止まった大人にとっては、心臓にダメージが加わらない限り、また何年も長期に使い続けない限り、生きていくのにあまり影響はありません。

ややこしいことに、乳がん細胞はこの二つのBiomarkerを持つもの、持たないものがあります。もし体に存在している乳がん細胞がすべて均一にこれらのレセプターを持っていれば、我々はこれを狙ってダメージを与える方法をすでに持っているため、正常細胞にほとんどダメージを与えずに、がん細胞だけにダメージを与えることが可能です。
ただこの二つの標的は理想に近いものの、もちろんがん細胞だけに現れる標的ではありません。
的を狙って攻撃する標的治療は、絨毯爆撃みたいな過去の薬剤と異なり、副作用が軽く、効果が強い。ところがTN乳がんはこの代表的なレセプターを二つとも持たないので、従来の絨毯爆撃薬剤に頼らざるを得ず、治療に難渋することが多くなります。副作用に苦しむ方が多いのもこのためです。

●Triple negative乳がんは実は1種類ではない!?

TN乳がんの治療において、2015年のASCO(米国臨床腫瘍学会)で重要な研究発表がありました[1]。ここではその発表から重要なスライドを1枚引用します。

画像

(Presented By Antoinette Tan at 2015 ASCO Annual Meeting)

ここではTN乳がんをその性質や、遺伝子の解析からさらに6つに細かく分類しています。広い意味でBiomarkerを6種類示し、そして対応する薬剤を6つ示したともいえる。

  • 1.Basal like 1
  • 2.Basal like 2
  • 3.IM
  • 4.M
  • 5.MSL
  • 6.LAR

の6つの分類が示されています。TN乳がんはER、HER2を持たないことで、一つの種類と思われていたが、実はこの二つを持たないたくさんの種類の乳がんをごみ箱的に集めたものでした。

「Basal-Like-1」と書かれている一番上の青い丸の横には四角で「PARP inhibitor」(inhibitor;阻害剤)と書かれています。Basal-Like-1がBiomarkerで、四角内に描かれたPARP阻害剤はその分類のがんの性質に対応する有望な治療法です。2017年現在は、このスライド上に四角で示されたすべての治療法が手に入ります。ただ保険適応ではないものも書かれており、必ずしも標“準”治療として確立していないものも記載されています。

ここではTN乳がんは解決したように見えますが、ER陽性乳がんにホルモン剤を使用しても根治するとは限らないように、これらの分類に応じてその薬剤を使っても根治するとは限りません。標“的”治療なので、より副作用を少なくして、より高い効果が期待できることを期待しているのです。

●TN乳がんの中のさらなる分類と対応する治療~Basal-Like-1~

Basal-Like-1は、BRCAたんぱく質の設計図であるDNAに生まれつきの異常があります。 BRCA異常は、女優のアンジェリーナ=ジョリーが乳房切除術をした理由として有名になりました。BRCAはがんを作る遺伝子ではなく、遺伝子に異常が生じたときに“修理をする”たんぱく質の名称です。がんができないように見張ってくれているたんぱく質ですが、それが生まれつき正常に働かないため、がんが発生しやすくなります。
体細胞の遺伝子は実はしょっちゅう傷ついています。宇宙からくる電子線や自然放射線でも傷つきます。こうして傷ついた細胞がすべてがんになっていたら乳がんどころか成人まで生きられません。生まれつきBRCA異常がある人の細胞は、PARPという別のたんぱく質を代用して遺伝子を修理しています。
こうした人に乳がんが不幸にして発生した場合、TN乳がんが手術で取り切れなかったり、再発したりすれば、抗がん剤で治療になります。抗がん剤は乳がん細胞のDNAを狙って破壊するのですが、PARPが乳がん細胞でも活発に働いて抗がん剤からがん細胞を守ってしまう。冒頭に述べた「遺伝子の修復機転はいったんガンになった細胞にとっては、抗がん剤に対する抵抗性の原因となる」理論です。
そこでこのPARPを阻害しておいて、抗がん剤を使う方法が考えだされました。BRCA遺伝子に異常があることはすでに検査ができる。有効なPARP阻害剤も開発された。これで標的と治療法が揃う。

●OlympiAD試験が示したこと

2017年今年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、“始まりの終わり”と題されたBasal-Like-1 乳がんに関する発表がなされました。PARP阻害剤(Olaparib)を実際に臨床で用いた治療結果が公表されたものでOlympiAD(オリンピアド)試験と呼ばれます。

TN乳がんの中でBRCA異常を伴う方は9~28%存在していて、若年性TN乳がん患者さんではさらに割合が高くなります。若くして罹患される方はこうした遺伝的な要素が関与している可能性が高いからです。 遺伝子は大量の放射線などで大きく壊れると死滅してしまいますが、BRCAを含めて、遺伝子が少し故障していても細胞は死にません。
がん細胞は微妙な状態で、遺伝子が故障しているけれど、死んでしまうほどは壊れてはいないのです。BRCAが働かないので、がん細胞のように遺伝子が中途半端に壊れている細胞は、正常細胞が壊れないレベルでもう一押し遺伝子を傷つけ、一線を越えさせると完全に壊れて死んでしまうはずです。ところがPARPたんぱく質がBRCAの代わりにがん細胞も修復してしまいます。「遺伝子の修復機転は一旦がんになった細胞にとっては、抗がん剤に対する抵抗性の原因となる」から、PARP阻害剤(Olaparib=オラパリブ)で抵抗性を除去するのです。
OlimpiAD試験ではBRCA異常がある乳がん患者で転移がある患者さんを選び、これを二つのグループに分けました。医師が今まで通りの抗がん剤を使用して治療する群(標準治療群)と、Olaparib治療群です。
結果としてOlaparibを使用した群では、標準治療群では進行したり亡くなったりしてしまう確率を0.43倍まで有意に抑制することがわかりました。つまりある時期で見たとき、今まで通りの標準治療群では100人の方が進行したり亡くなったりしているとしたら、それを43人まで抑えたことになるのです(Presented by Mark Robson, at 2017 ASCO Annual Meeting)。
そして心配された副作用も貧血(16%)や白血球減少(9%)など、症状が出にくいものが主で、それほどひどくないことも証明されています。実際QOL調査では主治医が選んだ標準治療よりも優れた結果となりました。
OlympiADでは、BRCAは異常だがTN乳がんではない患者さんも含まれており、こうした方でもBRCAに異常がありさえすれば同じようにPARP阻害剤が有効であることが示されました。つまりこのOlympiADは第3の標的を示したと言えます。ERの有無、HER2の有無によって今までは大きく4つに分かれていた乳がんをさらにBRCA異常の有無を加えて8つに分けたことになり、標的が増えたことで治療に選択肢が一つ加わりました。
少なくとも今後は、いままでの標準治療で対応できないTN乳がんはBRCA異常の有無を調べることが“標準”となり、PARP阻害剤を使用することもまた”標準”治療となっていくことが予想されます。ASCO2017ではこれを“The End of the Beginning”、始まりの終わり、つまり「もはや有効なのかどうか議論している時期は終わった。これからは実際に治療に応用してさらに研究を進めていく」と高らかに宣言したのです。
日本ではまだ保険適応ではないのですが、これが様々な準備期間を経て、現実に病院で使用できるようになるのを皆さんとともに楽しみに待ちたいと思います。

Triple negative乳がんは1種類ではない Vol.2

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