乳腺外科

Low grade DCISに対する考え方

乳頭乳輪を温存する乳房“全摘”という言葉は矛盾をはらんでいて、治療として確立した術式とは言えないという話を「当院で行なわれている乳房再建」というコラムで掲載した。
しかし乳頭乳輪を切除する乳房“全摘”を施行したとしても、局所再発と呼ばれる切除後の皮膚や胸壁に再発することはまれではない。
ただ乳頭乳輪を切除する乳房“全摘”をしても再発してしまうことはある程度“仕方ない”と納得いただけるとして、その確率は3%前後とされる。なのでそれ以外の術式も3%以内の再発率にとどまるのなら、許容されると考える。


たとえばDCISと呼ばれる早期乳癌の病理型が存在する。
非浸潤性乳管癌と訳されるが、実は皆さんの感覚的には“癌”ではなく、“ポリープ”に相当する。理論的には完全に切除されれば100%の治癒が見込めるからだ。癌(実は漢字で書かれた癌とひらがなのがんは定義が違うのだが、乳癌は漢字でいい)、悪性腫瘍とはWIKIPEDIAによれば 「悪性腫瘍」とは、腫瘍の中でも、特に浸潤性を有し、増殖・転移するなど悪性を示すもののことである。」と定義されている。この中で浸潤性を有するという言葉がポイントになる。癌は自分のテリトリーである発生臓器、乳癌なら乳腺を飛び出して転移する。そのために血管やリンパ管に浸潤して、その流れに乗って細胞を全身にばらまく能力がある。DCISにはこれがない。すなわち転移しないし、再発しない。

ではなぜ“癌”と呼ばれるのか。実はWIKIPEDIAにも別の記載があって、「悪性腫瘍(あくせいしゅよう、英: Malignant tumor)は、遺伝子変異によって自律的で制御されない増殖を行うようになった細胞集団(腫瘍、良性腫瘍と悪性腫瘍)のなかで周囲の組織に浸潤し、または転移を起こす腫瘍である。悪性腫瘍のほとんどは無治療のままだと全身に転移して患者を死に至らしめる」とある。この「無治療のままだと全身に転移して患者を死に至らしめる」可能性があるのがDCISだからである。以前のコラムでもふれたが実際にはDCIS全体の30%が10年以内に本来の癌に移行する。


ただDCISにも種類があって、いまにも移行しそうなHigh grade DCISと、おとなしそうで当分そんな気配のないLow grade DCISが存在している。病理学者が分類するのだが、確率的には差があっても、ではHigh grade DCISでは何%が癌に移行するのか、たとえばLow grade DCISは何年で癌になるのか、など完全にはわかっていない。こうした研究をするためには、見つかったDCISを切らずに“放置”する必要があるからで、そんな研究に参加したい患者さんは少ないだろう。

ところが実は今年(2015年)の6月に開かれた米国腫瘍学会で、このLow grade DCISに関して、切除しなくてもいいのではないか、とする発表があった。 たとえばいろいろな事情でDCISと診断されても手術を受けなかった患者さんがおられる。こうした患者さんと、手術を受けた患者さんで、局所に癌が出てくる可能性に差がない、あるいは先に述べた3%以内だったなら、手術はしなくても許せるのではないか、そういった研究である。

この研究では米国で1988年から2011年の間にDCISと診断された96732名の患者さんから、さらに病理の条件を満たす患者さんを57222名選び出した。さらにこの中から様々な理由で手術を受けなかった1169名の患者さんを選び出して、受けた患者さんと成績を比較したのだ。もちろん手術を受けなかった患者さんでは受けない理由が何かあるはずなので、受けた患者さんとはいろいろな差があるはず。そこは数学的統計的処理をして同じになるよう“処理”をしたことが味噌である。
結果だが、Low grade DCISと診断後、手術を受けた患者さんで、術後10年間に乳癌により亡くなった患者さんは1.2%、受けなかった患者さんでは1.4%で差がなかった(あるじゃないかと言われる方は次のグラフを見てほしい。これだと差がないことが納得できると思われる。)

Presented By Yasuaki Sagara at 2015 ASCO Annual Meeting

ちなみにこれがHigh grade DCISだと

こうなって差が開く。

こうしたことからこの研究ではLow grade DCISでは手術の意義はないのではないか、と説いている。もしこれが本当だとしたら患者さんには朗報となる。いわゆる“がんもどき”の存在が科学的に立証されたことになり、こうした診断がつけば手術を受ける必要は“癌”であってもない。 ただこれには反論があるMollow先生が述べていたが、もともとDCISで亡くなる方は少なく、それでも手術が行われてきた背景には別の理由がある。一つはDCISに隠れて癌はないかと確定すること。DCISはポリープなので広くこれが存在するときにはその中に隠れて癌があることがある、これを否定するために手術するのだ、ということ。もう一つは将来に癌ができる発生母地を切除しておくことが目的だ、というもの。そのどちらも“10年間は死なないのなら切らない”という今回の結論への反論となる。

Brennan[1]先生は術前に針生検によって前もってDCISと診断された7350名の患者さんを調べて、25.9%の患者さんが診断を誤っており、術後に実はより悪いDCIS、あるいは浸潤癌だったことを明らかにしている。たとえばLowあるいは中間のIntermediate Grade DCISと診断された症例の中では21.1%、2㎝以下と小さな病変では20.1%が誤って診断されるとしている。これが先に述べた理由の根拠である。
またEBCTCGというヨーロッパのグループによれば手術で切除し切れたはずのLow-grade DCIS症例の30.1%[2]、おそらくより手術と診断精度を上げて検討がなされたE5192(Solin L, SABCS 2014)という研究によれば7.5%が術後の10年間で命に係わる状態と言える浸潤癌(10年間で10〜40%が亡くなってしまう[3, 4])で再発している。これが2番目に述べた理由の裏付けになる。
現状ではこうした現状を踏まえて、まずめったに死ぬことはないと言ってところで、手術をしないという選択肢を受け入れてくれる患者さんがいるのかも問題になるだろう。
この問題は決着をつけるためにすでに932名を目標とする前向きの臨床試験(LORIS)が走っている。これの結果が得られるまで当分の間、手術は不要とは言えないというのが今回の結論のようだ。
ただこうした研究が出てくることからわかるように、Low grade DCISの中に、一生の間おとなしくしていて、問題なく墓場まで持っていける、手術が要らない症例が少なからず混じっていることは事実である。問題はそれがどの癌なのかわからないことにある。

ただ、E5192のデータとNSABP B17とB24の結果をあわせて考えたとき、Low grade DCISに対して、きちんと切除が行われ(全方向で断端距離が3㎜以上)たならば、浸潤癌による局所再発率は7.5%で、そのうち治療にもかかわらず亡くなってしまうのは10%である。したがって問題になるのは全体の0.7%と100人に一人もないこととなる。 したがってLow grade DCISでは、乳頭を温存して乳房全摘し、しっかりDCISを切除したうえで、一期一次再建を行い、さらに放射線治療も省略したとしても治療上問題にならない、とはいえるのではないか。

1. Brennan ME, Turner RM, Ciatto S, Marinovich ML, French JR, Macaskill P, et al. Ductal carcinoma in situ at core-needle biopsy: meta-analysis of underestimation and predictors of invasive breast cancer. Radiology. 2011; 260: 119-28.
2. Early Breast Cancer Trialists' Collaborative G, Correa C, McGale P, Taylor C, Wang Y, Clarke M, et al. Overview of the randomized trials of radiotherapy in ductal carcinoma in situ of the breast. J Natl Cancer Inst Monogr. 2010; 2010: 162-77.
3. Donker M, Litiere S, Werutsky G, Julien JP, Fentiman IS, Agresti R, et al. Breast-conserving treatment with or without radiotherapy in ductal carcinoma In Situ: 15-year recurrence rates and outcome after a recurrence, from the EORTC 10853 randomized phase III trial. J Clin Oncol. 2013; 31: 4054-9.
4. Wapnir IL, Dignam JJ, Fisher B, Mamounas EP, Anderson SJ, Julian TB, et al. Long-term outcomes of invasive ipsilateral breast tumor recurrences after lumpectomy in NSABP B-17 and B-24 randomized clinical trials for DCIS. J Natl Cancer Inst. 2011; 103: 478-88.

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