乳腺外科

温存について~古くて新しい問題~

2003年と少し古いデータになるが日経メディカルの行った「がん治療の実力病院 全国調査」をみると、余りにも施設によって温存率が異なっている[1]。一般の患者さんから見ればなぜこんなことが起こるのか、理解は難しい。症例数が少ない施設を含むのでしかたない部分はあるが、早期であるStage Iでは35.7%から100%まで、少し進んだStage IIではなんと0から92.5%まで差がある。さらにインターネットでは手に入らないが、実は日経BPムック2011年版で兵庫県内のわずかな施設を比較するだけで、いまだ温存率には大きく差があることがわかる[2]。古くて新しい問題なのだ。 日本の標準治療を示す乳癌診療ガイドラインでは、温存手術の適応を単純に言い切ってしまえば「Stage I/IIの腫瘍径3cm以下の症例」としている[3]。もちろんこれは術前の診断における大きさであることは自明なので、マンモグラフィー、超音波検査、MRIのいずれかでの大きさということになる。少なくとも病理診断における腫瘍径ではない。従って、術前にこれらの検査方法で把握できない乳管内進展は含まない。また乳房が大きい症例では4cmでも温存可能とされている。 自分の施設のデータでは術前に4cm以上と診断された症例は8/183(2011年)なので、温存の適応を考えなければならない症例は95%を超える。したがって断端の問題はどうあれ、ガイドラインに従うならば90%近くの症例に温存手術を検討、提案することに誤りはない。 ガイドラインには3cm以下とは書いているが、たとえばintrinsic subtype、たとえばDCISや粘液癌などのガン固有のタイプ、病理型ごとに温存手術の適応判断を変えるかどうかには記載がない。けれども臨床の現場では明らかに外科医の判断に影響する要素である。たとえば腫瘍径が大きくても限局性の粘液癌では積極的に温存を考える。 最近のガイドラインの改定で、DCISも温存手術の適応であることが触れられた[4]。DCISはしかしひとくくりでまとめることができる疾患ではない。当然症例ごとにintrinsic subtypeはもちろん、Ki67の値も異なっており、こうした違いはもしそのまま放置された場合の将来の変化、例えば数ヶ月以内に浸潤癌に発展する、微小な浸潤から転移する、などに影響すると考えられる。またDCISは、あくまで病理における理論的な疾患で、本来はすでに浸潤癌となっているものを20%以上含有するとされるが[5]、たとえばHER2陽性DCISではそうした誤診を起こす確率が高いとする報告もあり、診断精度すらDCISの持つ固有の性質に影響される。また乳癌以外の原因で亡くなられた解剖所見において、無症状のまま経過したと思われるDCIS病変を、約10%の確率で認めたとの報告がある[6]。こうしたDCISと、浸潤癌周囲に散在するおそらく将来浸潤癌に発展する確率が高い乳管内病変の違いは明らかになっていない。また近年マンモグラフィー健診が普及し、マンモトームで診断されるDCISは増えているが、こうした病変の中にはMRI-CEで染まるものと、全く病変が指摘できないものがある。この違いはどこからくるのか、まだわかっていない。 ただ臨床の日常でよく体験されるのは、純粋なDCIS症例に限らず、浸潤癌の切除症例の中に、病変と明らかに連続していない、もちろん術前検査では発見できなかった微小なDCISともいえる乳管内病変を伴う症例は多いという事実である。こうした症例ではおそらく温存切除での対応では病変は取りきれていないと予想される。現段階では切らずにこれを捕まえる事のできる検査方法は存在しないが、温存切除で放射線治療を加えなければ、たとえ純粋なDCIS症例であっても平均6年の観察で分化度が高いもので6.1%、低いものでより悪性度の高い15.3%が局所再発すること[7]から逆算して、実際にはそれ以上の確率でこうした病変が乳腺内に残存しているだろう。 また乳房切除術を施行し、腋窩リンパ節郭清を施行していても、リンパ節転移陽性であれば胸壁および領域リンパ節へ放射線治療を施行した方の予後がいいことがガイドラインでも示されている。EBCTCGによれば8,500人の検討で、5年局所(主に胸壁および領域リンパ節)再発率は照射群で6%,非照射群で23%と前者で大きく減少し,乳癌による15年死亡率も54.7%および60.1%と有意に低下した[8]。また,全死亡率でみても絶対差4.4%となり,有意に改善した。このような放射線療法の局所制御の効果は年齢や腫瘍因子,全身療法の併用に関係なく,一定の割合でみられ,対照群のリスクが高いほど効果的であった。
考えてみれば当たり前のことである。つまり再発リスクの高い症例であれば、手術操作によって真の断端陰性は達成できない。リンパ節転移症例では必ず乳腺の原発巣とリンパ節をつなぐ肉眼では確認できないリンパ管内に、これまた肉眼で確認できない転移病巣を形成可能なガン細胞が存在しているのだから、これを完全に手術で取り除くことはそもそも不可能である。 こうして考えれば、温存切除を含めて、もともと手術だけで完全に切除可能な症例は確実に大部分で存在するが、しかしそれは少なくとも手術時点、あるいは病理結果を得たあとであっても100%でそれを保証する方法はないということである。そしてたとえ切除が完全ではなかったとしても、その後に行われる放射線治療、ホルモン剤、抗ガン剤でそれを大部分サルベージできることも明らかである。たとえブラックジャックであっても完全切除を約束できないし、いくら見事な手術をしても、その後にきちんと放射線治療やホルモン剤を投与しないのならば、名医ではない。
DCIS症例では一部の例外を除けば転移病巣を形成する能力のないガン細胞で形成されている乳癌であるのだから、全摘をすれば治癒の可能性は高い。しかし先に述べたように確実にこれを保証はできない。
ならば放射線治療をして、ホルモン剤の効く症例では、こうしたことで手術を抑制しても治せる可能性は高まる。ましてDCISでは再発しても再手術で切除可能な場合も多く、生命予後はそれでも良好である。突き詰めればまだ報告はないが、おそらく一部のDCIS、特に高齢者では手術そのものが不要の可能性がある。
つまり、しっかり切除する代わり放射線やホルモン剤をしない、と、放射線治療を受け、ホルモン剤を飲む代わりに切除を大きくしない、の選択があり得るということになる。当然ホルモン剤のようにその感受性が症例によって異なるのであれば、切除量もそれに応じてよく効く症例では小さく切るなどと、変更可能な可能性がある。
癌を取り残す可能性が高い手術を望む患者さんは存在しない。しかし同時にその必要もないのに大きな切除を望む患者さんもいないだろう。必要最低限の切除が求められて当然である。したがって症例に応じて細かなオーダーメイドの対応が本来である。
最初の話題に戻る。
なぜ温存率がこれほど施設によって異なるのか。それは主治医によって異なるのかと同義である。
実際の現場では、「とりあえず切除してください」と必要不必要関係なく大きな切除、全摘を望む患者さんが少なくないことは事実である。こうした患者さんの多くは、医師から詳しい説明を聞く前に、癌の診断を得て宣告を聞いた時点で、すでに切除を自分から決めてしまっている。つまり、重要な選択であるにもかかわらず、よく話も聞かないで、しかも自分の希望を医師に伝えてしまっている。後から後悔をしても切除してしまった乳腺は戻らない。切除しか選択肢のない症例は実際におられるが、温存可能な症例であっても患者さん本人が十分検討して全摘を希望するならば、外科医としてそれは全く可能であり、問題はない。問題は、一生の問題として本人がよくよく考えて決めた結論であるのかどうか、は医師からは判断できず、本人しかわからないことであろう。
癌を取り残す可能性を極力少なくする術式を選ぶなら、やはりハルステッド法、つまり癌からのリンパ流を可能な限り切除するために乳腺はおろか、腋窩のリンパ節、可能な限り広範囲の皮膚、胸の筋肉も全て切除することになる。これは変えようのない事実である。しかしいずれにせよ、再発の可能性をゼロにできないのであれば、それ以外の治療法、ホルモン剤、放射線治療、浸潤癌であれば抗ガン剤といった手術以外の治療法を併用することで出来るだけ切除量を減らし、整容性に優れる乳腺を残す、とする選択肢も当然患者さんには有る。もちろんその際にはホルモン剤の感受性、Ki67、組織学的異型度など、その症例の癌の性質に応じたきめ細かい設定が必須となる。まさにそれこそがハルステッドの時代からの医学の進歩の果実でもある。
確かに患者さんは全摘を選ぶことができる。手術の技術だけからすれば最も根治性は高く、なにより、乳腺が残っていなければまた乳癌が発生する確率は低くなる(それでも0ではない)。しかしハルステッドの時代に比較して、再発率も生存率も飛躍的に改善した現在、全国平均での温存率は60%に達している。切らなくなって治るようになった。このことは今後の姿勢としてどちらが正しいか、はっきりと表しているように思える。
マムシに咬まれても血清が手に入る現在、そうしなければ命がないのでもない限り、咬まれた腕を落とす人はいない。腕に比べれば乳腺はどうでもいい臓器、まして閉経してもう用はない、あるいは子供はもういらないから必要ない。こうした女性の乳腺は子供を生むただの道具であるかのような、いわば蔑視の考えが、全摘の術式選択の際に悩む患者さんを包んでいた環境の根底にあったのなら悲しいことである。

▼参考文献

  1. がん治療の実力病院 全国調査 <乳がん治療法編>
    [http://www2.ocn.ne.jp/~mutenka/kenkou/gansaito.htm]
  2. 日経ヘルスプルミエ:「乳がん」といわれたら-乳がんの最適治療2012~2013:日経BP社; 2012/4/2.
  3. 乳癌診療ガイドライン[http://www.jbcsguideline.jp/category/cq/index/cqid/200201]
    乳癌診療ガイドライン[http://www.jbcsguideline.jp/category/cq/index/cqid/200101]
  4. Brennan ME, Turner RM, Ciatto S, Marinovich ML, French JR, Macaskill P, Houssami N: Ductal carcinoma in situ at core-needle biopsy: meta-analysis of underestimation and predictors of invasive breast cancer. Radiology 2011, 260(1):119-128.
  5. Erbas B, Provenzano E, Armes J, Gertig D: The natural history of ductal carcinoma in situ of the breast: a review. Breast cancer research and treatment 2006, 97(2):135-144.
  6. Hughes LL, Wang M, Page DL, Gray R, Solin LJ, Davidson NE, Lowen MA, Ingle JN, Recht A, Wood WC: Local excision alone without irradiation for ductal carcinoma in situ of the breast: a trial of the Eastern Cooperative Oncology Group. Journal of clinical oncology : official journal of the American Society of Clinical Oncology 2009, 27(32):5319-5324
  7. Clarke M, Collins R, Darby S, Davies C, Elphinstone P, Evans E, Godwin J, Gray R, Hicks C, James S et al: Effects of radiotherapy and of differences in the extent of surgery for early breast cancer on local recurrence and 15-year survival: an overview of the randomised trials. Lancet 2005, 366(9503):2087-2106.

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