院長徒然日記

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No.82 ノブレス・オブリージュ

東日本大震災の時もそうでありましたが、今回熊本大震災でも、被災したにもかかわらず、日本人の規律正しい行動に対し、諸外国より絶賛の声が上がっています。これは教育をしたからすぐに成り立つものでも決してありません。日本社会が何世代にもわたって培ってきたすばらしい文化であることには疑いありません。
しかしながら最近の報道で、“品がない”“下衆の極み”といった言葉をほぼ毎日のように見聞きします。芸能人のスキャンダルはさておき、東京都知事が公私混同などで辞任に追いやられましたが、この一連の報道が事実であるならば、日本を代表する立場にある人物として呆れるほどの品性のなさを露呈しています。この類いの人たちは少数派であることを信じたい気持ちでいっぱいですが、将来に不安も覚えます。日本社会の一人として、どうあるべきかを改めて考えさせられるきっかけとなりました。

一連の出来事ですぐに思い当たるものとして、“ノブレス・オブリージュ”とか“武士道“の言葉が頭に浮かびます。ノブレス・オブリージュを辞書で調べると『身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳観。もとはフランスのことわざで「貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならぬ」の意』と記されています。日本人には少ししっくりこない内容であり、どちらかというと“武士道“の言葉がより親しみやすいのではと思います。新渡戸稲造の指摘によると、武士道はもともと支配階級の心得、身分に伴う義務であり、一言にすれば「武士の掟」、すなわち武士階級がその職業、および日常生活で守るべき道を意味するとし、明治維新の後、時を経るにしたがい国民全体の道徳的基盤を形成するに至ったとしています。日本は、広く国民一人一人が世間に迷惑をかけない、という「薄く広い責任」について非常に高い意識を持っているが、これらにも起因すると考えられます。“ノブレス・オブリージュ”、“武士道“について知識があるわけでなく単なる安請け合いですのでこの辺で解説は終わりにします。

ただ数年前NHKで放送された白洲次郎の生き方は、正に今回のテーマにそっくり当てはまり、日本社会に生きるものとして考えさせられる点が多々あり、数年前の本を再度読み返して、私にとり大変参考になる言動・エピソードを数点紹介します。

(その一)
「イヤシイ奴とは付き合わない。」私心なく、信念をもって己を投げ出すことができる人間かどうか。そうした骨のある男を好み、信を置いて付き合った。

(その二)
「人が困っている時は、助けるもんだ。」

(その三)
「金の使い方を覚えるのは三代かかる。」

(その四)
「人に好かれようと思って仕事をするな。むしろ半分の人間に積極的に嫌われるように努力しないとちゃんとした仕事はできねえぞ。」

(その五)
「周囲に流されず、自分の頭で考えよ」
・・・・

ごく当然の言動でありますが、正しいことは正しいとの信念をもって行動した白洲次郎の生き様と兼ね合わせるとこれらの言葉に重みがあります。

2016年 6月 17日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三