院長徒然日記

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No.71 円教寺 新春夢の書 “徳”
新春夢の書
新春夢の書
除夜の鐘
除夜の鐘
2016年の新年をいつものように書写山円教寺で迎えました。

円教寺摩尼殿では、新年を迎えると同時に夢や希望を託した一文字を大きな真っ白い屏風に書かれる“新春夢の書”が毎年執り行われています。今年も大変多くの参拝者が集い、わたしもその中の一人としてこの行事を見守りました。
年が替わる瞬間を待って、大樹住職が墨をたっぷりと含ませた大きな筆を静かに動かし、“徳”の一文字を揮毫されました。文字が現れた瞬間、参拝者から大きな拍手が沸き起こりました。

『“徳”がある人は、周囲から敬われる存在である。しかし、徳は自然とにじみ出るものであり、意識して出すことはできない。他人を大切に思い、徳を身につける年にしてほしい。徳のある人が多くなれば、幸せで平和な国になる。』と住職の意味深い法話を聞くことができました。
拝殿で参拝を終え、真っ暗な参道を通っての帰り、晴れて澄み切った星空、明るい月、姫路市内の夜景、そして除夜の鐘を撞く多くの人たちを眺めながら、先ほどの住職の法話についていろいろ思いを巡らせました。
家に帰りついたのは元旦の午前2時でした。

最近日本人の行動・言動を見聞きするに、気がかりなことがあります。自分の言いたいことは強く主張し、他人への配慮が欠け、しかも他人の言葉には目もくれないといった風潮がはびこりつつあるように感じ、いかにも品がないと思われる節があります。
昨年は政治の世界でもこのように感じられることがありました。ただ政治では、難しいことがあり、いわば強引に決定しなければならないことはあると理解はしますが、もう少し異なった方法もあるのではと思うところです。

病院組織の中でも、思い当たる節があり、自分を含めて反省すべきことはいたるところにあります。医療の世界で最近よく出てくる言葉に“患者を中心としたチーム医療”があります。一昔と比べてこの点は急速に実践されつつあります。しかし一見すると、患者の立場に立って良かれと思い物事を進めているようですが、実態をよく観察すると医療者サイドの都合に合わせており、真に患者のためになっていないことはまだまだ見当たります。


今年の干支は申ですが、動物では猿が当てられています。猿と言えば“三猿”がすぐに思い浮かびます。日光東照宮の三猿が有名で、「見ざる、聞かざる、言わざる」という叡智の3つの秘密を示しているといわれます。三猿の概念は日本だけではなく、古くから世界中に広がっており、地域によりその解釈は異なっているようです。日本では「子供の内は悪いことは見ない、聞かない、話さない」と教育的なものとして、また「都合の悪いことや余計なことは,見ない,聞かない,言わない」の意で解釈されていることが一般的です。

しかし今の世の中この様にばかりは言っていられません。現実に起こっている事象を俯瞰し、深く洞察し、全体の方向性は正しいか、よく見聞きし、まさに“鳥の目、虫の目、魚の目”が大切です。そして建設的に自らの考えを唱えることが求められるのではと考えます。この様に行動することが一歩でも“徳”に近づく道筋と考えこの一年を過ごしたいと考えます。



2016年 1月 18日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三