院長徒然日記

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No.66 ノーベル賞と日本社会 

今年もノーベル賞の季節が終わりました。日本人では大村智氏と梶田隆章氏がそれぞれ生理学・医学賞、物理学賞を受賞されました。日本人の一人として心より祝福いたします。
1949年湯川秀樹氏が日本人初のノーベル賞を受賞されています。当時戦後間もない日本では、みな自信や夢を失いかけていましたが、受賞により日本人の心の中に一筋の明るい光を見出し、以後日本の発展の原動力の一つとなったことは間違いないことと思います。
湯川博士の受賞から始まったか否か判りませんが、ノーベル賞には何か日本人の心をわくわくさせてくれるものがあり、それは日本人が本来備えている内なる感性に由来するとわたしなりに考察いたしました。その一つを物語る象徴が受賞者のコメントにあります。大村先生は「微生物から勉強させてもらって、こんな賞をいただいていいのかと思った。(研究成果は)微生物から力を借りただけ」と受賞を喜ばれていました。梶田先生は、「戸塚先生のお力があったので(スーパーカミオカンデを)建設できた」とコメントし、まず自分の師匠について語っていました。つまり、日本の受賞者は「自分の一人の功績」と自慢していません。ノーベル賞を受賞するような偉大な科学的成果が、たった一人の人間の頭脳から突然生まれることはあまりありません。それまでの研究の先達の積み重ねがあり、同僚との切磋琢磨があり、たまたま時代と環境のめぐりあわせで、一人が大きな賞を受賞できるのであり、その時、共同研究者や先輩たちがその受賞者をわがことのように祝う。多くの日本人は受賞の内容そのものには素人であり、理解できないことでありますが、国全体でわがこととして喜んでいます。「日本人は優秀」という自慢の気持からでは決してなく、日本から、世界の科学に貢献した人物を輩出できたことが素直に誇らしいのだと思う。これが日本人、日本社会に備わっている感性、文化であり、すばらしいことです。
ただノーベル賞のみならず、今後の日本社会に心配な点があります。基礎研究や応用研究を問わず、常識に挑戦し、世の中を根底的に変え、新たなものを生むためには自由な議論や発想を展開し、行動することが必要ですが、日本では伝統的に年長者の発言力が強い傾向にあり、日本社会、組織に根付いています。伝統の良い点を活かしながら発展のための自由な発想を育む、日本独自の文化を形成し続けることが求められる時代です。

毎年候補に噂されている村上春樹氏は、今年も受賞には至りませんでした。残念ですが、また来年に心より期待いたします。

2015年 10月 29日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三