院長徒然日記

院長徒然日記

No.56 今知っていることを、あの時も知っていれば

先日ぼんやりとテレビを観ていると「今知っていることを、あの時も知っていれば・・・」という言葉がふと耳に入ってきました。番組の流れでなぜこの言葉が出たのか分かりませんが、韓国の歌にある言葉であると解説が入っていました(ただしうろ覚えですので、誤っているかも?)。

トルストイは「死への準備をするということは、良い人生を送るということである」と述べています。これは自分の「死」について考えることは自分の「生」を考えることでもあり、これに重なるものを感じました。 命あるものはいつか死ぬとわかっていても、それがいつなのかなんて誰にもわかりません。私たちの多くが今を楽しく生きるために、自分自身や家族、友人の死についてできるだけ考えないよう、あえて死から目を背けていることがままあります。
しかし、もうすぐ死ぬと悟った人たちが何を後悔しているのか。それを知ることは、私たちにより良い人生を送るための大きなヒントとなるのではないでしょうか。
後悔の念についてはいろいろなことが多くの書物に書かれていますし、また思い当たることは誰もがあると思いますのでここでは省きます。

わたしは消化器外科医で、特に基幹病院に勤務することが長かったこともあり、多くのがん患者さんの治療を行ってきました。外科医になったばかりの頃は外科臨床学問も今ほど情報がなく、先輩医師たちより指導されたことや経験したことから学んだことを頼りに、その時点では精いっぱいのことを行ってきたと思います。しかし臨床の現場では、今行っている治療を、あの時も行っていればと思うことにたびたび遭遇しました。
最近では医学も進歩し、常に新しい情報も手に入るようになりました。スタンダードな治療法を記載したガイドラインも充実してきました。常に情報を取り入れ、技術を磨いているうちに「あの時も行っていれば」と思い悩む場面は昔と比べて比較的少なくなってきたと実感します。

その反面、患者さんとのコミュニケーションでは気を使うことが一層深くなってきています。癌患者さんの治療法を選択する場面、治療法を変更する場面等には皆で大いに悩みます。臨床の場ではある局面に於いて、複数の選択肢から一つを選択しなくてはなりません。この選択は医学的にガイドラインに沿って機械的に決められるものでは決してありません。患者さんのおかれている環境、考え方、家族の意向その他あらゆることを加味して最適の選択をする必要に迫られます。今の結果を見て、あの時別の選択をすればと思ってもやり直すことはできません。患者さん、家族、そしてわたしを含めてのコミュニケーションを十分に深めてから結論を導き出すことが重要で、いったん決めたならばその道を進むように皆にアドバイスしています。

「導き出した結論を実行することがより良い人生である」とアドバイスできることが医師の仕事だと考えています。

2015年 6月 12日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三