院長徒然日記

院長徒然日記

No.48 見えないから 見えたもの
竹内氏著書“見えないから 見えたもの”
竹内氏著書“見えないから 見えたもの”
竹内昌彦氏による “見えないから 見えたもの” の講演会を拝聴する機会が先日ありました。
講演は心を揺り動かされるものであり、最近久しく経験したことのない感動した内容であり、会場内には目頭を押さえている人も大勢見受けました。

竹内氏は幼少期に失明という重い障害を背負いながらも苦労を重ね、様々な素晴らしい人に出逢い、これを乗り切り、東京教育大学に進学され、卒業後は、県立岡山盲学校で教鞭に立ち、教頭になられて退職となっています。途中、脳性小児麻痺の長男を亡くされるなど親として大変辛い経験をされています。
現在は岡山県視覚障害者協会の理事など幅広く活躍され、最近ではモンゴルでの盲学校設立に力を注がれています。竹内氏の半生を描いた映画プロジェクトも進行中です。

竹内氏の講演は、体格が大きいのと相俟って大きな声で、ユーモアを交えながら、しかも時には皮肉の加わった内容を、テンポが誠によろしく難しい言葉等は使わず、方言(岡山弁)でありながらわかりやすい話し方でした。会場の人たちはあっという間に竹内ワールドに引き込まれていました。極めて明るい口調で話をされるにもかかわらず、なぜ多くの聴衆が目を“ウルウル”するのか、大変陳腐で恐縮ですが、私の思いを記します。

取り上げられる話題はわたしたち日本人の深層に秘めている心に直接響き共感する言葉で語りかけられるからであると私なりに解釈しました。ハンディキャップを負いながらも、子供の時には“親を悲しませたくない”“親に愛されることが如何に生きる力になるか”“素晴らしい親に恵まれた“と、子供が素朴に感じていることを表現されています。学生時代にはすばらしい教師に出逢うことができ、成績優秀でオール5を取った時、「あなたは自分の成績だけが良かったらいいと思っているでしょう。勉強がようわからんで困っている友達に親切に教えてあげられるようになったとき、あなたの”5“は本物になるんよ。」と諭されその後の人生の指標となっています。高校時代、進路を決める岐路に立ち、障害による大きな壁に突き当たり、人生の絶望を感じたとき、肩のマッサージをして叔母に大そう感謝され絶望感から立ち直ることができました。東京パラリンピックの選手として岡山駅を出発するとき無口な父が、いきなり大きな声で「竹内昌彦、バンザ~イ!バンザ~イ!」この万歳こそは、全盲の我が子をここまで立派に育て上げた、父の勝利宣言だった。

簡単に講演内容の一部を記しましたが、どの話題も、私たち日本人がややもすると忘れがちなことであり、人として生きることの意味、人としてどう生きるべきか、大きく考えさせられたからこそ、心を揺り動かされたものと思います。視覚障害という置かれた環境を恨むことなく、感謝の心をもって、自分の能力を精いっぱい引き出し生きること、それが心を満たす幸せであることを教えていただきました。“見えないから 見えたもの”心洗われる講演でした。

2015年 1月 30日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三