院長徒然日記

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No.24 外科医を育てるとは?
手術風景
手術風景
 この3月末で外科医1名が大学院進学のため退職となります。外科医として育ち、これから研究生活に入られますが、ここで一人前の外科医を育てるにはいかにしたらよいかを自問自答してみました。

『やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。』
 これは山本五十六元帥の有名な言葉です。人を指導するには手順があり、まず手本を見せて、実際にやって見せることが必要です。そのうえで理論的裏付けを話して聞かせる。次に本人にやらせてみて、うまくいけば褒めてやる。任せてやる。信じてやる。こうすれば人は行動し、育ち、完成すると教えてくれています。

 外科医を育てることは大変難しいことですが、後輩に外科医としての哲学・技術伝承は重要なことであり、やらねばならないことです。外科医は一種職人ですので外科医療を支えるためにも一人前の職人として世に送り出すことが必要です。話はそれますが、12世紀のヨーロッパでは、当時理容師が外科医を兼ねていました(「床屋外科」と称した)。理髪店のシンボルであるサインポールの3色は、赤が動脈、青が静脈、そして白が包帯を表しているという説があります(真偽に関しては不明)。この様に散髪屋が外科的処置をしていたのは事実ですから、外科はまさに職人の世界でした。そのためか外科医はつい最近まで徒弟制に近い環境の中で育ちました。私自身もほぼそれに近い環境で育ちました。

 少し私の育った環境を説明します。先ず先輩先生より「技術は見て盗むものだ」と言われました。先輩の手術を手伝いながら、横目で手元を見ながら、何年も下積みをして技術を習得していくのです。ここには不平もなければ不満もない(建て前)、時間の経過と忍耐が支配する世界でした。技術は与えられるものではなく、まぎれもなく盗むものでした。当然医師として、外科医としての当たり前の心構えも見て覚えたものです。そして数少ないチャンスを戴いたときは先輩に認めてもらうよう、褒めてもらうよう頑張ったものです。そして徐々に信頼を得て任される状態になりました。まさに山本元帥の言葉通りに育てられました。

 では最近の私がいかに後輩外科医と関わっているかを振り返ってみます。山本元帥のようにはなかなかできません。やって見せるまでは問題なくできます。次のやらせることには大きな壁があります。当然ながら最初から私の目に叶うことができる外科医はなかなかいません。そこでやはり叱ってしまい、メスを取り上げてしまい、「技術は見て盗むものだ」と言うのです。これでは後輩を育てることはできないと反省し、自分を抑えてチャンスをどんどん与える方針といたしました。チャンスを与えれば後輩は喜んで仕事をします。しかし任せる・信頼するためにはまだ自分自身抵抗があります。これは技術面ではなく外科医としての心構えを上手に伝承できていない指導者としての私自身の未熟さによるところが大きいと考えます。

 最近、外科医の指導の在り方に関して少し変化が表れています。確かに昔は技術を盗むものでした。しかし今はあらゆるものの進歩の速度が速くなってきています。特にIT技術がどんどん導入され、ビデオ学習、シミュレーション技術の発達、ロボット手術、遠隔操作が現実に当院でも行われる時代になりました。その中で自分自身が反省すべき点は、「今まで後輩に的確に見せていたのであろうか?」です。専門的になりますが自分だけが見えて、見せることに努力していなかったのではと思います。「見せる」に関して、最近手術はモニターで誰もが鮮明な画像を共有することができるようになり、かなり改善できたと思います。研修プログラムも統一化されつつあり、安全な手術技術を伝承できる環境が整いつつあります。残るはやはり人の内面であり、医師として・外科医としての心構えを、指導者も、後輩外科医もしっかりととらえることが重要と思うこの頃です。

 私ごときが論じることは大変おこがましいテーマでしたがお許しください。

2014年 3月 25日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三