院長徒然日記

院長徒然日記

No.141 寛猛相済
現在の来賓室
現在の来賓室
旧病院の来賓室
旧病院の来賓室
“寛猛相済”と書かれた額が病院の来賓室に掲げられています。これは閑院宮載仁親王(かんいんのみや ことひとしんのう 1865~1945 )が揮毫された絹本墨書とされています。
寛猛相済についてネット検索で調べると、読みは「かんもうあいすくう」であり、出典は「春秋左氏伝」です。中国は春秋時代の鄭の国の名宰相の政治を、この時代に生きた孔子が次のように絶賛しています。

『善きかな。政(まつりごと)寛なれば則(すなわ)ち民ゆるむ。
ゆるめば則ちこれを糾(ただ)すに猛をもってす。
猛なれば則ち民そこなわる。
そこなわるれば則ちこれに施すに寛をもってす。
寛をもって猛を済(すく)い、猛をもって寛を済う。
政(まつりごと)ここをもって和す。』

ここから“寛猛相済”という四字熟語が生まれたとされています。寛は禁令などをゆるやかにすることであり、猛はきびしく取り締まることであり、これらより政治は、寛大さと厳格さとをバランスよく組み合わせて行うことが大事と説いています。

どのような経緯で当院にこの書が収蔵されたかを調査しましたが明らかとはなりませんでした。病院は平成13年に新築移転しましたが、移転前の旧病院の来賓室にあったことを記憶しています。少なくともわたしが勤務するようになった30年以上前から収蔵されていたことは間違いありません。寛猛相済の書は学校関係、大学関係、病院関係の施設に所蔵されているようで、その時期は多くの場合昭和初期の時代と考えられます。わたしたちの病院も同じと考えるなら第2ないし3代院長時代に収蔵されたと推測されます。

地域の中核病院を預かる病院長は、わたしも含めてどのような時代であっても、如何に病院を運営し、地域に医療を提供し続けることができるか頭の中で想いを回らしています。その時大先輩の院長が“寛猛相済”の書と出合ったものと思います。当時の院長は一筋の光明を見出されたと想像します。病院の運営、特に人材を育成するうえで、職員の行動に対して共感的に接することも大切でありますし、またその反面で以前日記でも書きました会津藩「什の掟」の中にある「ならぬことはならぬものです」と毅然とした対応も必要であり、バランスをどうするかが院長としての力量に係ると教えられます。

来賓室に掲げられたのも、院長自らの戒め、また病院管理職員に対しての心得とされたものと理解します。

2018年 8月 1日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三