院長徒然日記

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No.140 以心伝心の文化

「以心伝心」とは、広辞苑によると「思うことが言葉によらず、互いの心から心に伝わること」とあります。もともとは、禅の言葉で、「言語では表現できない真理を師から弟子の心に伝えること」という意味だそうです。心と心が共感し、共鳴し、共振することができ、お互いが相手の言いたいことを察することができる状態であるとわたしなりに解釈します。
この関係を仕事仲間で共有できたら素晴らしいと考えがちです。本当にそうでしょうか?

わたしがまだ初期研修医で右も左もわからなかった時、仕事とか、気配りなど素晴らしく良くできる年配の看護師さんがおられました。その方から臨床上のいろいろなことを教えてもらったものです。患者さんのしぐさ、表情などを見て、「先生、担当の患者さんの調子が良くないので早めに対処したほうがいいよ」とよくアドバイスをしてもらいました。素晴らしい観察力であり、大変勉強になりました。経験も積み独自で指示を出すころになると、そのベテランの看護師さんとの間ではある程度の内容であれば、阿吽の呼吸で意思を伝達することもできるまでになりました。

しかし時がたち40年後の今の時代、医療内容はその頃とは比べようもなく複雑、高度化しており、情報伝達の面では医療安全の意味合いからも阿吽の呼吸で行うことは許されない状況となっています。医療現場では、背景の異なる多くの人たちが一緒になりチーム活動するわけですから、自分の考えをしっかり伝える、そして相手の言おうとしていることを正確に理解できる、これがコミュニケーションでの基本中の基本であり、そのためには言語能力は一番大切なことと言えます。

ところで日本は察する文化であり、日本人は言葉を使わず相手に物事を伝えるのが得意であるといわれます。「行間を読む」とか「眼光紙背に徹する」といった言葉もありますが、日本人であるわたしから見ますと情緒があり、奥ゆかしさが感じられ好きな言葉の一つです。しかしながら外国の人から見ると、日本人の意思疎通としてのこの様子は不思議に見えることもあるそうです。日本人の間でしか通用ないツールであると理解しなければなりません。

“忖度”が昨年流行語大賞にノミネートされましたが、これも以心伝心の文化を持った日本人だからこそなしえた意思疎通の手段であるかと思います。このような文化を持った日本人は素晴らしい民族であると思います。昨年度政治がらみで忖度といった使いなれない言葉がはやったため、悪い慣習として扱われましたが、人間関係を築き、豊かな文化生活を営む上では大切なツールの一つであることに変わりありません。実生活では時と場所で使い分ける力を備えることも必要です。

2018年 7月 19日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三