院長徒然日記

院長徒然日記

No.124 まことの花

平成30年新年を例年の様に書写山円教寺で迎えました。

恒例の『新春夢の書』は、今年そのようであってほしい夢のある一文字ですが、その一文字は“ 潔”でした。いさぎよい、けじめ正しいことなどをあらわし、この文字に忠実に社会に目を向けてほしいとの願いを込めていると講話されました。
姫路市内の夜景を眺めながら、また除夜の鐘を撞く音を聴きながら、暗い参道をゆっくりと歩を進めました。寒い空気、暗闇、除夜の鐘の音、適当な雑音は大変心地良く、頭の中に想いが次から次へと浮かんできました。

今年は院長として5年を経て後半の5年の任期を残し丁度折り返し点になります。これまでの5年を振り返るため、院長就任時の職員への挨拶を記した記録を紐解くと、病院の向かうゴール、そこに至るシナリオ・ストーリーを表明し、成功に導くためのキーワード・ドメインとして“変化”と“協働”を掲げていました。職員とともに少しずつではありますが、確実にシナリオを推し進めてきて、いまだゴールにはほど遠い状態ですが、幸いなことに方向は徐々に集約され、好結果を生み出すこともできました。いわゆる正のスパイラルが回転を始めたと考えています。前半は結果的に陽の当たる道をどうにか歩むことができたのではと自負しています。

人の一生でもそうですが、一定の成果を出した後のことが大事で、その人の評価が分かれるものです。世阿弥の『風姿花伝』に、「時分の花」と「まことの花」という言葉が出てきます。人間の成長を花の成長に、自然の中のプロセスと重ねており、「時分の花」とは、若い生命が持つ鮮やかで魅力的な花を指しており、これは誰もが通過します。「まことの花」とは、自分という木の全体が枯れいくとしても、そこでひそやかに咲き続けている花で、自分という一人の人間だけが持つ本質的な花であると解説してあります。
折り返し点は老いや衰えのプロセスで、外から見ると表面上はその人の「花」が見えなくなります。一生の後半をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかにより「花」の価値が異なってきます。アンチ・エイジングという言葉がありますが、これは年をとることを、衰えとして否定する考え方です。これに対し、スマート・エイジングの考え方があり、年齢を重ねることを成長として捉え、物事の見方が深まり、視野が広がって人生が豊かになる考え方です。ポジティブな考えのもと、成熟し深みのある本物の花「まことの花」を咲かせる様に、職員とともに“変化”と“協働”を推し進めストーリーを描き続けることができればきっと素晴らしい花が咲きます。

折り返し点を超えた後半の5年間は、正の回転を始めたスパイラルを止めることなく回し続けゴールにたどり着きたいと祈念しながら山を降りました。

2018年 1月 4日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三