院長徒然日記

院長徒然日記

No.100 あるがままに認める

大自然は、あらゆるものが共存し、調和がとれ、それぞれが生かされ、豊かな状態を維持し発展しています。その大自然に包まれた人間社会もまた同じことが言えますし、そうであってほしいと願います。様々な集団があり、事物があり、それぞれがお互いに補い、共に発展し、今の社会が創られてきたのであり、今後もきっとそうであると思います。

大上段に構えましたが、大それたことを書くつもりは毛頭ありません。病院も一つの社会であり、いろいろな考え方を持った職員の集まりです。当然のことですが、一人一人はそれぞれ異なるのですが、一人一物として否定排除せずに、あるがままに認め、容認することが大切です。一人の人として社会・組織に必要とされている、果たせる役割がある、他者に受け入れられているといった実感を抱く欲求は誰もが持っています。そして集団から価値ある存在として認められ、尊重される欲求を持っており、これらが満たされると喜びとなります。

あるがままに認め、次に大事なことは社会として如何に適切に処置、処遇し、その結果社会全体が発展していくことが理想の姿です。病院内の数ある部署の中で、本人もそして組織にとっても天分・特性にぴったり合致した場所が与えられたならば、水を得た魚のように本人は喜び、モチベーションも上がり、仕事もでき、周囲を喜ばせ、患者を喜ばせ、結果的に組織の発展にもつながります。一つの社会として生成発展していくことが何よりも大切であり、職員の心の平穏、幸せにつながることと考えます。

このように“あるがままに認める”ことは、社会発展のため基本的なことですが、一方これを行動に移すことはかなり困難な事柄です。あるがままに認めるには、認める側、すなわち管理者であり組織が素直な心を持つことが必要であり、キーポイントになるかと思います。わたしたちは日常、ややもすると人物や物事を色眼鏡を通して見がちになります。自分なりの知識、欲望、主義、思想、ゆがんだ情報といったいろいろな色ガラスや、ゆがんだガラスを通して物事を見たり考えたりしているのが日常と言えます。色のついたガラスを通してみれば、向こうにある本当の色は正確にわからなくなります。これではありのままの姿を見ることはできなくなってしまいます。無色透明でゆがみのないガラスを通して物事の本当の姿を見るよう努めなければなりません。

素直な心、そして日々磨きあげる無色透明でゆがみのないガラスを手にしたいと思います。 

2017年 2月 15日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三