院長徒然日記

院長徒然日記

No.99 医師のどこを見ている?

出張中の新幹線の中で雑誌を読んでいると、興味をそそられる記事を見つけました。いま病院は医師の確保に大変苦労をしています。以前にも書きましたが、医師確保は院長の最大の仕事といっても過言ではありません。私たちの病院はほとんどの医師を関連大学の医局より派遣していただいています。しかし病院によっては独自に確保している病院も数多くあります。
ホームページ等による公募、知人の紹介など様々な手段がとられているのが実態です。
その中で医師を仲介する職業の方がおられます。その仲介業の方がコラムを書かれていました。内容を要約すると、病院側が要望する医師像が一昔より明らかに変化してきている。かつては急性期を軸とする病院が専門性の高い医師を求めていたが、最近は知識やスキルはもちろんだが、人物として優れた先生を求めるように変化してきている。これからの医療では様々な人たちとのコミュニケーションや調整が必要になり、専門性以上に、人格や人間性を含めた医師として総合力が問われる時代になってきているとまとめていました。

ところで、人物を評価するとき米国と日本では評価の軸が少し異なっていることは明らかです。これは米国と日本で価値観が異なっていることに起因があります。一般的に会社で職員を評価する場合、「人物(人格・人間性)」「思考行動特性」「動機」「頭の良さ」「知識・スキル」「資質」と言われています。注目すべきは人を見る着眼点に、人物(人格・人間性)が含まれていることです。これは米国も日本も同様ですが、そのとらえ方が全く異なっています。米国では「人物(人格・人間性)」と「専門知識・スキル」を完全に切り分けて考えます。専門知識やノウハウに重きを置き、「仕事」を評価し、成果主義を取り入れています。
それに対して日本では両者を切り分けることをせず、人格を含め総合的に判断しており、専門知識・スキルは人物(人格・人間性)に包含され、一体と考えています。ところがバブル崩壊後自信を喪失し、これまでの日本型の評価に異論が唱えられ、成果主義を取り入れる傾向にあります。この結果についてはこれからの動向を見届ける必要があります。

医療においては、「人物(人格・人間性)」と「専門知識・スキル」を切り分けることは、少なくとも日本社会の文化になじまず、取り入れるべきとは思いません。新渡戸稲造が著書『武士道』の中で「知識は個人の人格に一体化されたとき初めて獲得される」と記していますが、自身の経験でも同じ考えです。若い外科医に指導するとき、真摯な姿勢など指導される側の人間性次第で、指導する側の熱意が大きく変わることはごく普通のことと考えます。人格を備えることにより、スキルを獲得できる道理です(逆もまた真実ですが…)。

医師をスカウトする人たちの見ているポイントを明確に知ることができました。同じ視点で病院の同僚、また患者さんから診られていることを医師は自覚することも大事です。

2017年 2月 1日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三