院長徒然日記

院長徒然日記

No.93 人に会うことの幸せ

院長職になったことで、今二度目の人生を経験させてもらっています。

抽象的で分かりにくいので説明しますが、外科医の時期は、医療といったある意味狭い世界で、患者さんのため、自分のため、精いっぱいの人生を送ってきました。十分とは言えませんがそれなりにやり遂げた人生であったと思います。そして管理職としての院長職は、組織の長として、病院内ではいろいろな職種の職員を束ね、病院の外では組織を代表して様々な仕事をすることになります。勤務医とは全く異なった内容ですので、あたかも第二の人生を過ごしているようです。

わたしにとって院長になった時が60歳でしたので、この意味でも異なった二回り目の人生を送っていると言うこともできます。ストレスは確かに強いものの、その反面幸せなことも沢山あります。その幸せなことの一つに多くの人に会うことを挙げることができ、それも医療関係者だけではなく、いろいろな職種の方に会う機会が得られることです。人は会った人の数だけ賢くなり、成長していくと言われていますが、時間というものは厳しいもので、どのように操作をしても変えることはできません。そのため与えられた時間の中で、いろいろな人により多く会う機会を与えられることはそれだけで大変幸せなことです。

“先生と いわれるほどの 馬鹿でなし”ということわざがあります。世間では一般に医者は偉いということになっているようですが、実のところ案外馬鹿であるとわたし自身は思っています(そのように思っていない医者に対しては御免なさい)。医者は学問があって、知識も豊富で、普通の人より賢くあるのが当然であると思われていますが、本当のところは馬鹿な人種です。これは何故か? 医者は医療の専門家であり、病院の中で仕事をしている範囲では素晴らしい力を発揮していますが、いったん職場を離れてしまうと、世間の常識に欠けるぐらい、大人でなく、子供のように幼稚であることが多いようです。少なくとも自分を振り返り、身の回りを見るとそうであると確信しています。

世間には多くの人がおられ、多くの職種の方がおられ、また一人一人が異なった人生を送って来られています。ある物、ある現象をとらえる場合、見方は人それぞれですが、医者仲間ではどうしても偏った見方をしてしまいます。しかし、環境のことなる人たちの言動をみると、私とはまるきり異なった見方をしていることを知らされます。時に感心させられることがあり、ある意味自分の見方、考え方に幅が膨らみ、楽しくなってきます。まさに会った人の数だけ成長しているのではと実感します。


2016年 11月 16日 姫路赤十字病院 院長 佐藤 四三